名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)68号 判決
検察官が公訴事実と同一の事実を対象とし、予備的に訴因を追加しようとするに当り、「予備的公訴の提起」なる用語を使用してこれを為し、しかも、検察官に於て、「右は、公判繋属中の事実に対し重ねて公訴を提起する趣旨でなく、単に、訴因を追加するに過ぎない。」旨釈明することなく結審するに至つたとしても、起訴状、訴因追加申立書等の各記載内容、公判調書の記載の趣旨等より、叙上のごとき其の趣旨すなわち、「該行為は、公訴事実に対し別個併合の関係にある他の事実を対象とする追起訴でなく、公訴事実そのものを対象とする予備的訴因の追加であること」を明かに認め得るに於ては、若し該行為の方式が、訴因追加の要件をも兼備えるものである限り須くこれを有効なる訴訟行為と解し、適法なる予備的訴因の追加としてこれを処理すべく、不適法なる公訴提起としてこれを棄却すべきではないと考えられる。本件起訴状(昭和二十四年八月十五日付)を検討すれば、該起訴状には、公訴事実として「被告人は全国販売農業協同組合連合会福井県藁工品事務所の庶務係であるが、同所の業務係である東久と共謀の上、昭和二十四年二月初頃前記事務所に於て、東久が業務上保管に係る坂井郡鶉村外二村の農業協同組合に対し藁工品用として配給すべきスフ糸三千六百ポンドを擅に谷口止夫の仲介で社本多賀男に対し代金百九十八万円で売却し、以て横領したものである。」旨の記載があり、罰条として、刑法第二百五十三条を挙げていることを認め得べく、また、検察官事務取扱作成原審宛昭和二十五年十一月二十八日付書面(標題を欠く)の記載に原審第十回公判調書の記載を綜合すれば検察官事務取扱は、原審第十回公判廷に於て「被告人は全国販売農業協同組合連合会福井県藁工品事務所の庶務係であるが、東久と共謀の上、昭和二十四年二月初頃前記事務所に於て、福井県販売農業協同組合連合会の酒井与四雄の依頼により、占有に係る坂井郡鶉村外二村の農業協同組合に藁工品用として配給すべきスフ糸三千六百ポンドを谷口止男の仲介で社本多賀男に対し代金百九十八万円で売却し、該代金中百三十七万六千三百十円二十四銭を着服横領したものである。」旨の事実を公訴事実とし、刑法第二百五十二条をもつてこれに対する罰条とし、右の事実を対象とする予備的審判の請求を為すに際し、叙上の昭和二十五年十一月二十八日付書面を其の儘朗読することにより、検察官事務取扱は、右の請求をもつて、「予備的に公訴を提起するものである」とする旨の陳述を為すに至つたものであることを認めるに足る。以上前後二個の訴訟行為を其の外見のみによつて観察すれば、恰も検察官事務取扱は、同一事実に対し、二重に公訴を提起したものであるかの如く、判断され得ないでもないけれども、しかしながら、本件起訴状、前記昭和二十五年十一月二十八日付書面、原審第十回公判調書の各記載を仔細に検討すれば各公訴事実は事実関係の基礎を同じくするものであること、後者に対する審判の請求は、条件付訴訟行為であること、後者に対する審判請求書には、通例、一般起訴状中に記載されているが如き、其の起訴状たることを明かにする標題の記載がなく、且、該記載内容中に、通例一般追起訴状中に記載されているが如き、「繋属中の事案と併合審理を請求する旨」の文言の記載を欠如しているものであること、原審第十回公判廷に於て、弁護人は、「検察官事務取扱の予備的審判請求は、起訴状記載の公訴事実と、基礎たる事実関係を異にするものであつて不適法である」旨異議を申立て、原審及び検察官事務取扱はいづれも、これを取合わず、其の儘審理を進行した事跡の存することをそれぞれ肯認し得べく、これ等の事実を綜合するときは原審第十回公判廷に於ける検察官事務取扱の所謂「予備的公訴の提起」なる訴訟行為の趣旨は、同一事実に対し二重に公訴を提起すると言うに非らずして、繋属中の事案に対し予備的な訴因を追加するにあつたことが明白であり、しかも該行為は予備的公訴の提起なる語句の部分を除けば訴因追加の方式にも適合していることを認めるに足るから、これをもつて、直ちに不適法なる公訴の提起であるとして排斥し去るべきでなく、須く行為の実体を重視し、有効なる予備的訴因の追加としてこれを取扱うべきであると考えるものである。(尤も、原判決の冒頭被告事件名標記の部分に横領の罪名を省いてある点並に原判決事実理由の記載等に徴すれば、原審は昭和二十五年八月十五日付起訴状のみに基き、訴因変更の手続を経る迄もなく、証拠によつて直ちに、叙上予備的訴因と同趣旨の事実認定を下したものの如くにも推測し得ないでもないが、前者は物それ自体の横領行為を訴因とするに反し、後者は該物件の対価に対する横領行為を訴因とするものであるから当審に於ては、被告人の防禦権の行使をして全からしめんとする見地より、後者と同旨の事実認定をなすには、訴因変更の手続を経るを要するとの見解に従うものである。)すでに訴因追加の手続を履践してあることが明白である以上、原判決が前記予備的訴因と同旨の事実を認定したからと言つて、審判の請求を受けない事実について判決をしたものでないことは勿論、原審の訴訟手続には所論のような違法は存しないから、論旨はその理由がないと言わなければならぬ。